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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)5393号 判決 1997年8月28日

原告

佐々木晟謹

被告

高松建設株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自八二八万一六二〇円及びこれに対する平成五年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、歩行中に自動車に衝突され負傷した原告が、右車両の運転者である被告北山順一(以下「被告北山」という。)及びその所有者である被告高松建設株式会社(以下「被告会社」という。)に対し、被告北山に対しては民法七〇九条に基づき、被告会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下のうち、1ないし3は当事者間に争いがなく、4は甲第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一ないし一一、第五号証の一、二により認めることができる。

1  被告北山は、平成五年一二月一六日午後九時一五分ころ、普通乗用自動車(なにわ五七ぬ八〇三八、以下「被告車両」という。)を運転して大阪府松原市別所町五六七番地先道路(以下「本件道路」という。)を進行するにあたり、被告車両を同所を歩行中の原告に衝突させた(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故は、被告北山の過失によって発生した。

3  被告会社は、本件事故当時、被告車両を所有して自己のために運行の用に供していた。

4  原告は、平成五年一二月一六日に医療法人寺西報恩会長吉総合病院(以下「長吉総合病院」という。)に通院、同月一七日から平成六年一月五日まで同病院に入院し、同月一〇日から同年九月一三日まで医療法人垣谷会明治橋病院(以下「明治橋病院」という。)に通院、同年七月一八日から平成六年八月三一日まで同病院に入院し、同年一一月一〇日から平成七年一一月六日までしもと医院に通院した。

二  争点

1  原告の損害

(原告の主張)

原告は、本件事故により次のとおりの損害を受けた。

(一) 治療費 八四万七七〇〇円

(二) 入院雑費 八万四五〇〇円

入院六五日間に一日当たり一三〇〇円の雑費を支出した。

(三) 通院交通費 四万二三一〇円

明治橋病院 バス代 三四〇円×八八日 二万九九二〇円

しもと医院 バス代 二八〇円×三一日 八六八〇円

タクシー代 三七一〇円

(四) 休業損害 六五六万一〇〇〇円

株式会社ホープ分 平成六年一月から三月まで 一か月当たり一八万七〇〇〇円、合計五六万一〇〇〇円

株式会社富來屋分 平成六年一月から一〇月まで 一か月当たり六〇万円、合計六〇〇万円

(五) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、本件事故で入通院したほか、本件事故によりインポテンツの症状が生じ、原告の家庭生活にも相当の被害があったから、これらの事情は慰藉料の算定にあたり考慮されるべきである。

(被告らの主張)

本件事故は軽微な衝突事故であり、原告に長期治療を要するような傷害が発生したとは認められないし、また、原告にはもともと前十字靭帯の大きな損傷、腰椎の軽いヘルニアの既往症があり、身体障害者四級の認定を受けていたから、原告の訴える症状は右既往症によるものであり、本件事故に起因する症状はほとんど認められない。

2  過失相殺

(被告らの主張)

本件事故の発生には、原告にも夜間突然道路中央に飛び出してきた過失があるから、大幅な過失相殺がされるべきである。

第三当裁判所の判断

一  争点1(原告の損害)について

1(一)  甲第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一ないし一一、第五号証の一、二、第八号証、第一〇、第一一号証、第一二号証の二、乙第三ないし第五号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は、本件事故後、長吉総合病院を受診し、医師に、被告車両に接触され、左に倒れたためか左下肢が痛くしびれもあるとの症状を述べる一方、歩行は可能で、あたったところは痛くないとも述べ、同病院で、全身打撲、左足第一趾爪剥離により一〇日間の安静加療を要すると診断され、本件事故当日は帰宅した。しかし、原告は、同日夜嘔吐をし、翌日も嘔吐したため、再度同病院を受診し、入院することとなった。

原告は、入院当日の平成五年一二月一七日には左上下肢のしびれ、右下肢のしびれを訴え、以前よりしびれはあったが本件事故後増強した旨述べた。しかし、本件事故後ただちに自分で立ち上がったため、どこを受傷したか覚えていないと説明し、打撲痛はあまり感じないと述べた。また、原告は、同日、負傷した左母趾爪を自分で抜爪し、同月一八日には打撲部痛もなくスムーズに歩行し、嘔気、嘔吐もなかった。そして、同月二一日には外出許可を得て外出し、その後は頭痛感も軽度になり、同月三一日に個室入院を希望したものの、医師からその必要性がないと説明された。また、平成六年一月一日には外出後帰院せず、同月二日に帰院し、昨日は新年会で飲んでいたと述べ、このときアルコール臭がする状態であった。同月五日には腰背部痛も自制内となり、軽快退院となった。

原告は、長吉総合病院入院中後頸部ないし腰背部痛、右肩痛、腰痛、大腿痛、頭重感等の症状を訴えていたが、同病院の検査の結果では、原告には骨折はなく、頭部CTでも異常なしとされ、左上下肢のしびれ、左下肢の知覚障害等の神経症状の有無については、改善傾向にあるとして精密検査は行われなかった。

(2) 原告は、本件事故以前にも、昭和三四年に追突事故に遭って右下肢外傷のため一か月入院したことがあるほか、昭和三八年にも追突事故に遭い、昭和四三年にも追突事故に遭って一一か月入院し、平成二年にも追突事故に遭って一か月入院したことがあった。

原告は、昭和四三年の事故の際には、左膝前十字靭帯損傷の傷害を負ったが、当時糖尿病に罹患しており右傷害の治療のための手術をすることのできない状態であり、そのため、原告は、平成二年一月二二日、左膝関節機能が全廃したものとして、大阪府から身体障害者手帳(四級)の交付を受けた。また、原告は、糖尿病の治療を継続して受け、両眼の眼底レーザー術を受けたり、インシュリンの投与を受けるなどしていた。また、平成二年の事故の際には、第六、第七頸椎間にずれがあるとの指摘を受けたことがあった。

(3) 原告は、長吉総合病院退院後、勤務しながら治療を受けようとして、明治橋病院に通院するようになった。

同病院では、平成六年一月一九日の頸椎MRIの結果、第四、第五頸椎間に椎間板ヘルニアが認められたほか、第五、第六頸椎間、第六、第七頸椎間で椎間板の膨隆が認められたが、同月二二日、原告に対して、本件事故との因果関係は不明である旨説明が行われた。また、同年二月七日の腰椎MRIの結果では、脊柱管狭窄あり、椎間板膨隆なしとされ、同月一九日には、ラセグテスト、バビンスキー反射は陰性、膝蓋腱反射、アキレス腱反射は異常なしとの検査結果であった。

同病院では、同年四月四日には、原告の訴えに応じ、勃起機能障害の診療も開始されたが、その後、原告の全身状態が糖尿病により悪化したため、同年七月一三日、原告は入院治療を希望し、同月一八日同病院内科に入院した。なお、この間、同年五月一六日に、原告は自動車を運転中他車両に追突する事故を起こした。

原告は、入院中は、外泊よりアルコール臭はないものの赤ら顔で帰院したことがあり、また、無断外泊をしたこともあり、同病院の医師記録には、原告には全く病識がなくわがままで養生する気がないとの記載がある。また、原告は、右入院中に廊下を歩いていたときに倒れて右肘を打撲したことがあった。原告は、その後、全身状態がよくなったため、同年八月三一日には同病院を退院した。

明治橋病院における原告の傷病名は、腰部脊柱管狭窄症、糖尿病、糖尿病性神経障害、両下肢閉塞性動脈硬化症、勃起機能障害、右肘打撲、アルコール性肝障害、肝(疑)、慢性肝炎、右肘関節血腫であり、同病院終診時における原告の自覚症状は、本件事故以前よりあった左膝関節痛が増悪し、歩行困難となり、また、頸部ないし項部痛、頭痛があり、さらにそれに起因すると思われる嘔気、嘔吐の症状を出現するとともに、強い腰痛が持続し、インポテンツが発症し、左下肢、左上肢のしびれ感があるというものであった。同病院の診断では、上肢については、明確な神経学的異常は認めないが、頸椎MRI上、頸椎第四、第五間にヘルニアを認め、下肢については、MRI上では脊柱管狭窄を軽度認め、腱反射の軽度低下を認めるとされ、左膝の動揺性は著しく、関節の可動域制限は認めないものの、明らかな前方引き出しを認め、MRIでも前十字靱帯の断裂が考えられるとされた。一方、インポテンツについては、諸検査の結果、原告に明らかな勃起が起こるものとは判断できず、ホルモン検査は正常であるが、血管性因子や、神経系等の他の因子の関与も否定できず、何らかの器質的障害があったと考えられるとされた。

(4) 原告は、明治橋病院が遠方であったため、更にしもと医院に転医し、平成七年一一月一一日時点での症状は頸部及び腰部の痛み、手足のしびれ感で、投薬治療によっても症状は一進一退であるとされ、同年一二月ころから頸椎症により左上肢の挙上が不可能であるとされ、平成八年一月一八日現在理学療法にて治療中である。

(二)  右認定事実によると、原告は、本件事故直後は左下肢の痛み及びしびれを訴えたものの、受傷部位については原告自身もわからず、打撲痛なく歩行も可能であったなど、本件事故によって原告が受けた衝撃は比較的軽微なものであったと推認されるうえ、原告には嘔気、嘔吐がみられたものの、それも本件事故当日夜と翌日に限られ、長吉総合病院では、原告には骨折はなく、頭部CTでも異常なしとされ、神経学的検査はするまでもないと判断され、退院時には腰背部痛も自制内であり軽快退院として扱われるなど、本件事故による原告の負傷は軽微なものであるとされていた様子が窺われる。

ところで、原告には、第四、第五頸椎間の椎間板ヘルニア、第五、第六頸椎間、第六、第七頸椎間の椎間板の膨隆、腰椎脊柱管狭窄が認められるところ、これらは本件事故によって生じたとは認めがたいうえ、しかも、原告には、左前十字靭帯損傷、糖尿病、糖尿病性神経障害、両下肢閉塞性動脈硬化症等の既往症があり、原告の訴える症状はこれらから生じているものと認められる一方、本件事故によってこれらの症状が増悪したと認めるに足りる証拠はなく、原告の訴える症状と本件事故との間に相当因果関係を認めることはできないというべきである。また、原告の明治橋病院の入院は、糖尿病による全身症状の悪化によるものであるうえ、入院中も外出して飲酒したりし、病識に欠けるとの評価を受けるなど、原告は糖尿病について真面目に治療を受けていたとは言いかねる面もあり、この点からも、原告の訴える症状を本件事故によるものであるとは認めがたいというべきである。

なお、勃起機能障害についても、明治橋病院での検査によってもその原因を特定することができず、原告がその症状を訴えるまで本件事故から三か月以上経過していることに照らすと、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできないというべきである。

以上によると、原告は、遅くとも長吉総合病院退院時には本件事故によって生じたと認めうる症状は消失していたと認められ、それ以後に原告が受けた治療には本件事故との間には相当因果関係を認めることはできない。

2  以上を前提とすると、本件事故による原告の損害は、次のとおりと認められる。

(一) 治療費 七二万六三七〇円(請求八四万七七〇〇円)

原告が長吉総合病院における治療費として七二万六三七〇円を負担したことは当事者間に争いがない。

明治橋病院及びしもと医院の治療費については、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

(二) 入院雑費 二万六〇〇〇円(請求八万四五〇〇円)

原告が長吉総合病院に入院中の二〇日間に一日あたり一三〇〇円、合計二万六〇〇〇円の雑費を支出したことは当事者間に争いがない。

原告が明治橋病院入院中に支出した雑費については、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

(三) 通院交通費 〇円(請求四万二三一〇円)

原告が、明治橋病院及びしあと医院の通院に際して支出したバス代については、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。また、タクシー代についても、甲第一三号証の一ないし四によれば、右は明治橋病院通院のために支出したものと認められるから、やはり、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

(四) 休業損害 一四万〇九八三円(請求六五六万一〇〇〇円)

甲第六号証の一、二、第九号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、株式会社ホープに勤務するとともに、株式会社富來屋の代表取締役の地位にあったこと、本件事故前の平成五年一〇月、一一月には、株式会社ホープから合計四三万円の収入があったほか、株式会社富來屋からは合計一二〇万円の収入があったことが認められる。

ところで、原告本人尋問の結果によれば、原告の株式会社ホープにおける勤務内容は、府立青少年会館でボイラーを焚くことであり、勤務時間は午前七時から午後四時まで、午前九時から午後六時まで、正午から午後九時三〇分までの三交代制となっており、一か月に二〇日程度勤務していたことが認められるところ、右のような勤務状況で更に原告が株式会社富來屋の代表取締役の職務を行いえたのか疑問であるうえ、甲第九号証、甲第一二号証の一によれば、原告の妻である佐々木富來子が株式会社富來屋の取締役の一人となっていることが認められ、原告が、本人尋問の際自らの職業を会社員であると述べていることに照らしても、原告が本件事故当時株式会社富來屋において前記収入に見合う労働をしていたことを認めるには足りないというべきである。

そして、前記のとおり、本件事故と相当因果関係のある治療期間は平成六年一月五日までと認められること、原告の休業証明書としては、休業期間として平成五年一二月一七日から平成六年一月五日までとの記載がある甲第六号証の一、二が提出されているにとどまること、原告は、株式会社ホープから、ボイラー技師の人数が少なく、座っているだけでもいいから出てきて欲しいと言われたので長吉総合病院を退院したと供述していること等に照らすと、原告の主張する休業損害のうち本件事故と相当因果関係の認められるのは、本件事故の日の翌日である平成五年一二月一七日から平成六年一月五日までの二〇日間に限られるというべきであり、その際の基礎収入は前記の株式会社ホープの収入によるのが相当であるから、原告の休業損害は、次のとおり一四万〇九八三円となる(円未満切捨て。)。

計算式 430,000÷61×20=140,983

(五) 慰藉料 二五万円(請求一〇〇万円)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二五万円が相当である。

二  争点2(過失相殺)について

乙第二、第三号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件道路は、市街地に位置する東西に通ずる片側一車線の道路で、アスファルト舗装されており、中央線が設けられ東行は幅員三・〇メートル、西行は幅員二・七メートルで、交通は普通であること、本件事故当時、原告は、徒歩により本件道路北側を西から東へ向かっていたが、道路北端にあった水たまりを避けるため、道路北端から中央寄りに約二・〇メートル寄って歩いたところ、本件事故に遭ったこと、被告は、本件事故当時、被告車両を運転して本件道路を西から東へ向けて進行していたが、進路前方四・二メートルの位置に原告を発見し、ブレーキをかけたが、間に合わず被告車両前部を原告の背部に衝突させたことが認められる。

右事実に前記第二の一1の事実によれば、本件事故は被告北山の前方不注視の過失によって発生したものと認められるが、原告にも、交通閑散とはいえない本件道路を、道路の左側を歩行したうえ、水たまりを避けるためとはいえ、後方から進行してくる車両の有無に注意を払うことなく漫然と本件道路中央寄りに歩行した過失があるというべきであり、右過失の割合は二割とするのが相当である。

三  結論

以上によれば、原告の損害は一一四万三三五三円となるところ、過失相殺として二割を控除すると残額は九一万四六八二円となる。

ところで、被告が自動車損害賠償責任保険から二五万三八九〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないほか、乙第一号証、第三号証及び弁論の全趣旨によれば、同保険から、長吉総合病院における治療費として七〇万五三四〇円が同病院に支払われていることが認められるから、これらを前記過失相殺後の損害額から控除すると、原告の損害はすべててん補されたこととなり、原告はもやは被告らに対し損害の賠償を求めることはできないというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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